聖なる槍(聖槍)・コンスタンティンでも

コンスタンティンで使用した聖なる槍とデザインは異なる、神聖ローマ皇帝の聖槍で、記録でわかる限り、この槍はエジプトでローマ軍の隊長であるモーリスの物だったとされる。モーリスと彼の部隊はキリスト教徒だった。286年、皇帝マクシミアヌスの命により、彼は槍を携えてヨーロッパに遠征した。スイスのレマン湖周辺で起きた暴動を鎮圧するためだったが、彼らが到着した時には反乱は鎮圧されていた。反乱軍がキリスト教徒だったと知ったモーリスは、皇帝に願い出て処刑を拒否した。これに激怒した皇帝はモーリスとその部隊全員を処刑するように命じたとされ、死を前にしても揺らぐ事のないモーリスの信仰心は中世の騎士たちの模範となり、彼は騎士や戦士の守護聖人である聖モーリスとなった。
モーリスの処刑後、槍はコンスタンティヌス大帝のものとなった。当時ローマ帝国は政治的、宗教的に東西に分裂していた。 コンスタンティヌス大帝は帝国の覇権をかけた戦いの直前、輝く十字架と「この印の下、汝は勝利するであろう」という文字を夢に見た。これに心動かされたコンスタンティヌスは自分の兵士たちの盾に、キリストを意味する頭文字を描かせた。さらに、戦いには聖槍を持って臨み、勝利を収め、キリスト教に傾倒したとされる。後年、帝国をまとめるには新たな宗教が必要と考えた彼はキリスト教を公認した。
476年、西ローマ帝国が滅亡。その200年後、槍はカール大帝の手に渡った。彼が教皇から皇帝に任命された後、聖槍の行方は分からなくなる。その後、銀の鞘の上に黄金の鞘をつけたのはカール4世だと考えられる。彼は次期神聖ローマ皇帝を狙っていた。そして、カール4世の子孫が生活に困り、ニュルンベルクの町議会に売り渡してしまった。現在は、ホーフブルク宮殿が所蔵する「聖槍」。神聖ローマ皇帝のレガリアである帝国宝物の一つ。

宮殿が所蔵する「聖槍」を元に作成されたレプリカで、チェコ製である。かなり精巧に作成されている為、輸入は、大変難しいが、何故か、我が家に所蔵されている。それも祝福されている。

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